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五十年、六十年で尽きていたのに。
人間の歯の寿命は変わりません。
昔も皆さん、歳をとれば、入れ歯の厄介になっていたのです。
しっくりこない、うまく物が噛めない、すぐに外れる、などと不平をこぼしながら。
それでも、残酷な言い方ですが、そんな合わない入れ歯とのつき合いは、そうそう豊かな人。
あなたは歯を大切にしてきましたか長くは続きませんでした。
寿命のほうが先に尽きていたのです。
今、仮に六十歳で総入れ歯になったとすると、人生八十年として二十年もつき合わなくてはなりません。
歯がなくなったから、なんでもいいや、入れ歯にしてくれ、とは言えなくなってきたのです。
入れ歯になってからの人生がけっこう長いとなれば、入れ歯の重要性もそれだけ大きくなるわけです。
まだまだ多くの皆さんの入れ歯に対する認識は、歯が欠けたままだとみっともないから入れてくれ、とか、せいぜい食べ物がよく噛めるか噛めないかといったレベルのものです。
入れ歯がどんなに大切なものであるか、人生にどれほど重要な意味をもつのか、そういったことを患者さんたちに伝えていくのも、歯科医としての務めだと考えます。
有名ななぞですね。
スフィンクスが、通りすがりの旅人に出題したものです。
その答えは人間。
ハイハイ歩きの赤ちゃんから始まり、そのうち立って歩くようになり、やがて歳をとってくると杖の助けを借りて歩くことになるというわけです。
ちょうど似たような感じで、人間の一生に連れ添っている聞に、私たちの歯は三回、生まれ変わります。
最初は乳歯が、生後一年足らずのうちに生えてきます。
人間の脳の大きさ、は頭蓋骨の大きさが、五、六歳の幼児から成人に至るまで、さほど成長しないということは皆さんもご存じでしょう。
けれどもアゴの部分は違います。
ふつうは長ずるにつれて、いくらかエラが張ってくるなど、アゴの骨格が大きく、しっかりとしたものに変わっていきます。
やがて、大きく、広くなったアゴ、すなわち顎骨には、乳歯が小きすぎるという時期が来ます。
このとき、乳歯を押し退けて、新しく生えてくるのが永久歯、要するに大人の歯なのです。
乳歯は、いわばお役御免。
永久歯にその座を譲るわけです。
けれども、乳歯が当座をしのぐためだけのものかといえば、それは違います。
皆さんも、いろいろな機会にいわれたことがあるでしょうが、物を食べるときには、よく噛んでから飲み込むことが大切です。
そうしないと、せっかくの食べ物も充分に消化することができず、栄養を無駄にすることになります。
よく噛むことで、子供は大きく成長するのです。
もうひとつ。
特に子供に、よく噛んで食べる習慣を身につけさせる必要があるのは、やがて生えてくる永久歯を受け入れる、丈夫なアゴと歯茎をつくるという意味もあります。
乳歯が永久歯の受け皿を用意しているようなものです。
乳歯は約十年間のお勤めのあと永久歯に席を譲りますが、永久歯の任期はその後の人生八十年、たいへん長期間にわたって、噛み、切り、すりつよくするという重労働を続けることになります。
長い間にはすりへってしまうこともあります。
手入れが悪ければガタが来るのも早くなり、もちろん虫歯になるのは礼歯も永久歯も同じことです。
この二番目の歯、永久歯のあとは、もう次の歯に生え変わることはありません。
おや、人間の一生の間に、歯は三回生まれ変わるというのはどうなったのでしょう。
古参兵に退役のときがいつかは来るように、歯、永久歯にも引退するときが来ます。
抜け落ちることもあるでしょう。
欠け落ちることもあるでしょう。
そんなとき、三番目の歯として登場するのがグ入れ歯。
です。
むずかしい言葉を使えば義歯。
ということになります。
義手、義足、義眼というときの義。
ですね。
要するにスペアとして人工的に作られたものです。
歯が古くなって痛んできたら、まずは修繕を試みます。
詰めものをしたり金属をかぶせたり。
虫歯の治療をしてもらった結果、金銀のかぶせものをしている方も多い。
あなたは歯を大切にしてきましたかとでしょう。
甘いものが大好きだった、子供時代の勲章ですね。
歯が一本まるごと、あるいは歯冠部が欠けてしまったときには、グ差し歯。
といって歯の代用品を用意します。
これまた腐食しにくい金属を材料にすることが多いわけですが、金銀ではあんまりぎらついて恰好が悪いというので、セラミックスでこしらえた白い差し歯を入れることもよくあります。
自然な歯がもっているエナメル質の光沢とはどうしても違いますから、いやに一本だけ白さが違うなあ、なんてことにもなりかねませんが。
次々に歯がリタイアしていって、とうとう自前の歯が一本もなくなってしまったら、これはいよいよか総入れ歯にするしかありません。
たいていの方は、自前の歯があと数本となったところで、リタイアした歯の跡を部分入れ歯にしているものです。
本当は、残った自前の歯にかかる負担が大きすぎて、体にも悪いことが多いのですが、そのことはおいおいお話しすることにしましょう。
こうして、一代目の乳歯、二代目の永久歯ときて、最後にリリーフェースとして登場する入れ歯は三代目。
すなわち、第三の歯というわけです。
第一の歯と第二の歯について、もう少しお話ししましょう。
私たちにとって、歯がどんなに大切なものであるか、その歯がなくなってから都合する第三の歯、入れ歯とはどのようにつき合うべきなのか、そんなこととも関係してきますから。
第一の歯は子供の歯、生まれてから一年数か月のうちに生えそろう、礼歯と呼ばれる小さな歯です。
乳歯はやがて大人の歯、永久歯に生え変わりますが、そのとき歯といっしょに私たち人間も、子供から大人へと生まれ変わっているとも考えられます。
ちょうどアオムシがサナギを経てチョウに変身するように。
あなたは歯を大切にしてきましたか。
昔は元服といい、今は成人式などを行って、大人になったことを祝う習慣がありますが、ひと言で子供から大人へといっても、実は大変なことです。
動物の進化の歴史をふりかえれば、水の中で生活していた魚の仲間が、やがて陸に上がって四つ足の動物になったといいます。
さらに私たち人間のように二本足で立ち上がるように進化してきたわけです。
お母さんのおなかの中で、受精卵は卵割を繰り返し、また肉体器官の発生は進化の歴史をまるごとトレースしているといいます。
子供から大人への成長は、その仕上げのプロセスだといってもいいのです。
そのプロセスの聞に食事を手伝ってくれた乳歯に代わって、そろそろ準備完了だぞ、というときに決定版として登場するのが第二の歯、永久歯です。
だいたい六歳ぐらいから永久歯に生え変わっていきます。
最初は前歯あたりから。
続いて奥歯も生えてきます。
このとき生え変わる奥歯は、第一大臼歯、六歳臼歯ともいって、永久歯の中でも一番のキーポイントになる歯です。
それから十二、三歳になるまでの問、ゆっくりと乳歯から永久歯への交代が進みます。
第二大臼歯という歯が生えると、歯に関しては、もう大人です。
永久歯の生えそろったティーンエージャーというのは、どんどん体が大人の体に変わっていくものです。
完成を目前に控えたか充実期ともいえます。
人間の、少なくとも肉体の完成は十七、八歳と考えられます。
せいぜいハタチを過ぎたあたりまででしょう。
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